本当はつらいのに『大丈夫』と言ってしまう人へ
「大丈夫?」
そう聞かれたとき、反射的に
「うん、大丈夫」
と答えてしまうことはありませんか。
本当は少し苦しい。
本当は疲れている。
本当は誰かに話を聞いてほしい。
それなのに、口から出てくるのは「大丈夫」という言葉。
私も、何度もそうしてきました。
心の中では余裕がなくなっているのに、心配をかけたくなくて笑ってしまう。
「これくらいで弱音を吐いてはいけない」
「みんなも頑張っている」
「私が我慢すれば済むことだから」
そんなふうに、自分の気持ちを後回しにしてきた時期があります。
でも今になって思うのです。
「大丈夫」と言えることと、本当に大丈夫であることは、同じではないのだと。
「大丈夫」は、自分を守る言葉でもある
つらいときほど、自分の気持ちをうまく説明できないことがあります。
「何がつらいの?」と聞かれても、自分でもよくわからない。
悲しいのか、寂しいのか、疲れているのか。
いろいろな気持ちが重なりすぎて、言葉にならないこともあります。
そんなとき、「大丈夫」という言葉はとても便利です。
それ以上聞かれなくて済む。
相手を心配させなくて済む。
自分の心の中を見なくて済む。
だから、「大丈夫」と言ってしまう自分を責める必要はないと思っています。
その言葉で、これまで自分を守ってきたのかもしれません。
ただ、その「大丈夫」が続きすぎると、自分自身まで本当の気持ちがわからなくなってしまうことがあります。
本当の気持ちは、もっと小さな言葉でいい
「私は今、どうしたいんだろう」
そう考えても、答えが出ない日はあります。
そんなときは、無理に答えを出そうとしなくても大丈夫です。
「今日は疲れたな」
「ちょっと寂しいな」
「本当は嫌だったな」
「誰かにわかってほしかったな」
それくらいの小さな言葉で十分です。
誰かに言わなくてもいい。
ノートに書いてもいいし、お風呂の中で心の中につぶやくだけでもいい。
自分の気持ちを、自分だけは否定しない。
それだけでも、心は少しずつ変わっていきます。
我慢できることと、我慢したほうがいいことは違う
50代になる頃には、いろいろなことを経験しています。
家族のこと。
仕事のこと。
人間関係のこと。
親のこと。
お金のこと。
これからの人生のこと。
若い頃のように勢いだけでは進めないことも増えてきます。
その一方で、長い年月の中で「我慢すること」に慣れてしまっている人も少なくありません。
我慢できてしまうから、我慢してしまう。
でも、
「我慢できる」
と
「我慢し続けたほうがいい」
は、別のことだと思います。
自分の心がすり減ってまで守らなければならないものなのか。
ときどき立ち止まって考えてみてもいいのではないでしょうか。
「大丈夫じゃない」と言える相手をひとりだけ
すべての人に本音を話す必要はありません。
無理に心を開かなくてもいい。
ただ、もしできるなら、
「今日はちょっと大丈夫じゃない」
と言える相手がひとりいるだけで、心の重さは少し変わります。
家族でもいい。
友人でもいい。
カウンセラーでもいい。
そして、今はそんな相手が思い浮かばなくても、それでいいのです。
まずは自分自身に、
「本当はちょっとつらいよね」
と声をかけてあげるところからでもいい。
自分の気持ちに気づくことは、人生を立て直すための小さな一歩になります。
今日だけは、自分に「大丈夫?」と聞いてみる
誰かに「大丈夫?」と聞かれると、つい「大丈夫」と答えてしまう。
それなら今日は、自分で自分に聞いてみませんか。
「私、本当に大丈夫?」
すぐに答えが出なくても構いません。
少し疲れているなら、休む。
寂しいなら、「寂しい」と認める。
苦しいなら、「苦しい」と思っている自分をそのまま受け止める。
人生は、急にすべてが変わることばかりではありません。
でも、自分の気持ちに気づくことから、少しずつ変わっていくことはあります。
私自身、何度も立ち止まりながらここまで来ました。
「もう無理かもしれない」と思った日もありました。
それでも、今日できることをひとつずつ続けていると、不思議と次の道が見えてくることがあります。
「大丈夫」と言えない日があってもいい。
そんな日も含めて、今の自分です。
今日くらいは、自分の心に正直になってみる。
そこからまた、少しずつ始めていけばいいのだと思います。
諦めなければ、人生は何度でも整え直していけます。
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